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国破れて山河在り。

空しいですな。

僕もですな、通院、入院歴が長いですのでね。
多くの闘病者さんや、その戦いに力尽きていった人を見てきました。

人は必ず1度は死ぬ・・・とはいえ、そんなに苦しめなくても良いのにな(-_-;)
胃ガンで入院してる60歳前後くらいの患者さんがいたんですが、

「どうせ死ぬんだから、良い人ぶってたって仕方ねえだろ!」と言って、病室内で叫んでるところを何度も目撃しましたな。

ん~(-_-;)
人を変えてしまう場合もあるのですな。

僕もね、抗がん剤治療をしてる患者さんも多く見てしまいましたからな。

アレは辛そうでしたな。

今は抗がん剤も随分と良いモノがあるらしいですが、10年以上前ですとね。
香川程度の田舎では、そこまで医療も進んでいませんからね。

胃ガンともなれば、進行によっては当時は死病だったのですな。

同じく、透析仲間の中には、大会社の会長さんがいましたな。

僕より半年ほど早く透析導入された方でしたが、親分肌で職人気質でもあり、頑としてインフルエンザの
予防接種はしませんでしたね。

「そんなもん、いつ死ぬか分からん病気で、予防とか不要じゃ!」などと言ってましたな。

その会長は、石屋さんなのですな。
香川には庵治石といって全国的にも有名な石どころがありましてね。

ところがある日、脳梗塞で倒れられまして。
若干ですが、足を引きずっていました。

そういう中で週に1度はプールに行き泳ぎまくったりとかして元気な60代後半のおじさんでしたな。

しかも、庵治石はもうそんなに取れる石ではなくなってましたから。
庵治石に匹敵する石を求めて、中国に行ったりしてました。

石の買い付けで、中国に1週間とか行ってましたから、当然、中国で臨時透析してたんだと思います。

DSCN1402


もう1人の75歳のおじさんがいまして、透析15年の方だったんですが、僕と3人でよく透析前に販売機のカップコーラを飲んでました。

この75歳のおじさんは、娘さんの仕事の関係で病院に来るのが早いんですな。
連れてきてもらってるんで、娘さんの仕事の都合で、朝7時には病院に来てました。

透析は9時からだったのですが、その間の2時間を新聞などを読むなどして時間つぶししてたようでした。

僕も、高松市のアパートを引き払い、実家に帰りましたんで、JRや電車を使って透析に通ってました。
電車やJRの時間の都合上、8時半には病院に着いていましたのでね。

透析室に入っても30分待ちますから。
とりあえず、3人で着替えた後、内科にある体重計に行くのですな。

そこで、3人で体重を測って盛り上がる訳です。

おお!
体重オーバー!
OUT!

結構盛り上がりましたな。

要は、増え幅が2.5キロ以上あるとOUT!
2.4キロ以下ならセーフ!
という遊びなんですが。

しかも、セーフの場合だけカップコーラが飲めるという設定にしてたんですな。

コーラ好きの3人がコーラを飲みたいがために頑張って摂生するという、まあそんな遊びですな。

しかし、その遊びも数年がたち、そのおじさんたちが入院してしまって出来なくなりました。
まずは、75歳のおじさんが、意識不明になって深夜に救急車で運ばれたようでした。

透析に来て、ちょっと話しましたが、後の話では意識が戻った後の1週間くらいの記憶が無かったそうですな。

更に、もう1人の石屋さんの会長が、再びの脳梗塞で入院してしまうのですな。

うまい具合にその2人が同じ病室になってたんでね。

僕も、透析前や透析後に、病室に遊びに行ってましたな。

ところがですな、ある時、75歳のおじさんのほうが、暗い面持ちで透析室に入ってきました。
僕が病院に着いて、着替えてる時でした。

会長が死んだわ(*´Д`)

えっ!

なんで?

「俺が屋上に行ってて帰ってきたら、病室に看護婦さんが慌てふためいて入っていってるのが見えての、どうしたんか思たら、会長のベッドの下が血だらけや。」

「それで、よく見てみたら、シャントのトコをナイフで切ってたみたいやな。」

「その後で、警察まで来たんじゃ。」

(-_-;)

何でやねん(-_-;)
何で死ぬかなぁ。

恐らくは、2度目の脳梗塞がかなり身体に影響を及ぼしてたんだと思います。
それを苦にしてたんじゃないかと。
頑固な人でしたから。
こうと決めたらまっしぐらだったんでしょうか。

更に、そこから半年。
気落ちして無口になってしまったその75歳のおじさんも、結局そこから1度も退院する事なく、この世を去りました。

僕は透析導入期に仲良くなった2人を失ってしまい途方に暮れ、寂しい透析の日々が続きました。

透析前にあのカップコーラを飲む気にもなれず、頑張って摂生するという気持ちも失いましたな。

悲しみが去来し、透析患者である事の意味を考え込むようになりましたね。
更にもう一人元気な50歳代後半くらいのおじさんがいたんですが、その人もある日、頭が痛いと言い出し、翌日に亡くなってしまうという事まで起きました。

皆、気さくで良い人たちでしたからね。
何度も励ましてくれたみんなが次々にいなくなる。

「人工透析か・・・(-_-;)」

そういう日々が続き、ある日、信頼していたスーパー看護師のOさんが家庭の事情で退職なされました。
僕の担当看護師さんはOさんだったんですが、血液検査データの用紙には、いつもOさんがビッシリ書き込んでくれており、僕が血液データに詳しくなったのも、Oさんのおかげでもあります。

その用紙を患者にくれるというシステムも、担当看護師さんと交換日記のようなノートのやり取りが出来るシステムもOさんが去っていくと共に無くなりました。

次々と、透析室から仲間たちが去り、ドンドンと気持ちが落ち込むようになってきてました。
透析開始から、そろそろ5年が来ようかという頃の話です。


月光 鬼束ちひろ


I am God's child.
この腐敗した世界に堕とされた
How do I live on such a field?
こんなもののために生まれたんじゃない

突風に埋もれる足取り
倒れそうになるのを
この鎖が 許さない

心を開け渡したままで
貴方の感覚だけが散らばって
私はまだ上手に 片付けられずに

I am God's child.
この腐敗した世界に堕とされた
How do I live on such a field?
こんなもののために生まれたんじゃない

「理由」をもっと喋り続けて
私が眠れるまで

効かない薬ばかり転がってるけど
ここに声も無いのに
一体何を信じれば?

I am God's child.
哀しい音は背中に爪跡を付けて
I can't hang out this world.
こんな思いじゃ
どこにも居場所なんて無い

不愉快に冷たい壁とか
次はどれに弱さを許す?

終わりになど手を伸ばさないで
貴方なら救い出して
私を 静寂から
時間は痛みを 加速させて行く

I am God's child.
この腐敗した世界に堕とされた
How do I live on such a field?
こんなもののために生まれたんじゃない

I am God's child.
哀しい音は背中に爪跡を付けて
I can't hang out this world.
こんな思いじゃ
どこにも居場所なんて無い


(続編 闘病という名の悪魔 悲しみは雪のように につづく)



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