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闘病という名の悪魔!(悲しみは雪のように) からのつづきです。

ちょうどその頃、僕は心臓の痛みとかを感じるようになってたんですね。

おじさんたちが生きててコーラを飲みたいがために摂生を頑張っていた時期は、増え幅も安定してたんですけど、おじさんたちがいなくなってからは、増え幅が3キロ超える事も増えてきてたんですな。

尿量もゼロになって、3.5~3.6キロくらいの増えになる事もしばしば。

そういう事があって、心臓にダメージがあったかも知れません。
それで何度か主治医に相談し、循環器科の受診となった訳ですな。

まあ、徹底して調べてもらうんですけど、なかなか「異常なし」から脱出できない訳です。

自転車を漕いで、心電図を取るやつもやりましたし、1泊入院までして心臓の動きを見てもらったんですが、特に何も出ない。

おかしいな。

ところがですな、当時は実家から高松市の病院に透析しに行ってましたんで、朝7時5分のバスに乗り、JR、コトデンを乗り継いで行ってたんですな。

病院に着いたら8時半です。

結構距離がありました。

透析6~7年目の頃は、行くのは大丈夫なんですけど、帰りがね。

帰りは乗り継ぎ時間がうまく行かなくて行きよりも時間がかかりますからね。

それで、途中で血圧が下がり動けなくなるというのが続いてたんですな。

冬場はまだ良いですけど、夏場は特に顕著になって、やっとの思いでJRに乗ったら、そのまま降りられなくなり地元駅で降りられず、終点の徳島まで行ってしまうという悲惨な目にも遭いました。

JRの中で、混んでて立っていられなくなり、
力を振り絞って、
「すいませ~ん、調子が悪いんでどなたか席を譲ってもらえませんか~?」と言って変わってもらった事もあります。
そういう事を言っても、ちゃんと2~3人は席を立ってくれようとしてくれるんですよね。

あったかい人たちに本当に感謝ですな。

最後はバスに乗って山の中の家まで帰るんですけど、バスの運転手さんの多くは長い通院のおかげで僕が透析をしてる事は知ってくれていましたから。

で、バスに乗った途端、僕も安心するんでしょうね。
後は家のスグ近くにバスの停留所がありますから、もう帰ったも同然ですし、運転手さんも事情を知ってくれてますし。
バスの中で血圧が下がってしまう事もよくありました。

DSCN1530


透析7年目の3月、僕は不安を感じていました。
この年は、冬でももう関係なく、透析帰りに血圧低下が相次いでいました。

このまま夏になったら、どうなるんだろう?

そういう不安が頭をもたげていました。

相変わらず、心臓の不調は感じますが、やはり「異常なし」と言われてしまいますし。

とうとう、透析しても血圧低下が透析開始から1時間程度でも起こるようになってきてました。
ですので、除水がいつも700~800ccしかできず、体重が少しづつ増え、体内の水を引くに引けないという状態となってました。

こりゃ、透析困難症か?
という状態でしたな。

それで、僕はふと思ったんですな。

このまま夏になったらヤバイぞ。
夏を乗り切れるかどうか分からんな。

不安になった僕は主治医の1人に相談がてら言ってみました。

「先生、前に聞いてもらった地元の透析病院に空きがないか聞いてもらえませんか?」

まあ、香川の東には透析病院に限りがありますからね。

先生がスグ聞いてくれました。

「空きが1床あるそうです!」

おお!
こりゃ、絶好のチャンス!
と思い、そのまま転院の手続きをしてもらいました。

2日後には地元病院に行き、面接という形になり、地元病院の透析室師長さんと面接。

早くも転院が決まってしまい、週明けの月曜日から来てくださいという事になりました。

1週間で簡単に転院が決まるとはね、思わぬ展開となってきました。

地元病院ですと、知り合いも多いですからね。
行ってみて分かりましたが、32歳の時、ネフローゼ(尿たんぱく)が発覚して同じタイミングで同じネフローゼとなった同郷の患者さんが、いつの間にか透析導入となっており、この病院で透析しておりましたし、中学時代の先生もここで透析してましたし。

高松の病院では、次々と仲間たちが去った上に、信頼できる看護師さんたちもいなくなり孤独でしたからな。
それが1度に大きく変わりました。

地元病院初日、透析を受け始めると、師長さんがやってきました。

「トシさん、早速今週1週間で色んな検査を受けてもらいますよ~。」と。
と言っても、心電図やレントゲンですけどね。

その週にいくつかの検査を受けました。

そうすると、更に師長さんがやってきて、
「トシさん、心電図が引っかかりましたので、心臓エコー検査が追加になりました。」と言われました。

はい?
前の病院では心電図は引っかからなかったのに、ここで引っかかるとは・・・。

相変わらず、除水に難があり、血圧低下が相次いでましたからね。

そうしてるうちに、検査で分かるくらいまで、心臓が悪化したのかも分かりませんな。

心臓エコー検査では、「心臓が20%しか機能していません!」という事が発覚。
即座に大病院へ検査入院が組まれました。

と言っても、2週間の入院でしたから、大病院の入院患者専用の透析になかなか空きが出ず、6月の終わりから2週間の入院となりました。

確かにこの頃、家で掃除してたら、5分くらいでバテるんですな。
ああ、あれは心臓がちゃんと機能してなかったから起きてたのか~と納得しましたな。

地元病院は、透析の主治医がおらず、この大病院から2名の医師が月に数度診察にやって来てるんで、大病院との連携もしっかりしてましたし。

入院までしばらく期間がありましたが、6月終わりとなり、いよいよ大病院へ入院しました。
循環器の先生は、福山雅治似のイケメン医師でしたな。

たちまち、心臓カテーテルなどを含む検査が始まりました。

入院最終日、先生に呼ばれ、別室で映像を見ながら、僕の心臓の状態の話となりました。

要は、心臓の外側を流れる血管に3か所細くなってる部分がある。
という事でしたが、今の心臓の動きの悪さがその血管のせいかどうかはまだ分からないというものでした。
もしかしたら、心臓の中にも疾患がある可能性も無いとは言い切れないという状況のようです。
その場合は、今までの検査では確認が難しいという事で、はっきりとした原因は不明という事でした。

とりあえずは投薬治療をしながら、まずは血管の細い部分を治療し、様子を見ながら今後の対策を考えていきましょう、となりました。

「それよりも、こちらなんですが・・・。」

と指示された映像では、心臓ではなく腎臓が映されていました。

腎臓内に何かあるようです。
ただちに泌尿器科の受診を受ける必要があります、と受診が組まれました。

なぬ(-_-;)

ガンですか?

「いや、詳しい事はまだ分かりませんが・・・。」

造影剤を使った検査でどうやらトンデモないものをイケメン医師が発見してしまったようでした(-_-;)

ファイト! 中島みゆき


あたし中卒やからね 仕事をもらわれへんのやと書いた
女の子の手紙の文字は とがりながらふるえている
ガキのくせにと頬を打たれ 少年たちの眼が年をとる
悔しさを握りしめすぎた こぶしの中 爪が突き刺さる

私 本当は目撃したんです 昨日電車の駅 階段で
ころがり落ちた子供と つきとばした女のうす笑い
私 驚いてしまって 助けもせず叫びもしなかった
ただ恐くて逃げました 私の敵は私です

ファイト!  闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト!  冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
光ってるのは傷ついてはがれかけた鱗が揺れるから
いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
やせこけて そんなにやせこけて 魚たちのぼってゆく

勝つか負けるかそれはわからない それでもとにかく闘いの
出場通知を抱きしめて あいつは海になりました

ファイト!  闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

薄情もんが田舎の町に あと足で砂ばかけるって言われてさ
出てくならおまえの身内も住めんようにしちゃるって言われてさ
うっかり燃やしたことにして やっぱり燃やせんかったこの切符
あんたに送るけん持っとってよ 滲んだ文字 東京ゆき

ファイト!  闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト!  冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

あたし男だったらよかったわ 力ずくで男の思うままに
ならずにすんだかもしれないだけ あたし男に生まれればよかったわ

ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく
諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく

ファイト!  闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト!  冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

ファイト!  闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト!  冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

ファイト!


闘病という名の悪魔!(僕が僕であるために)へ続く


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