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人生には分岐点となる事が結構ありますね。

人工透析となった僕の場合は、その人工透析を受ける事になった瞬間こそが、1つの大きな人生の分岐点だったと思います。

実は僕は野球やサッカー観戦などスポーツを見るのは全般的に好きですのでね。
また、人間ウォッチングを結構やってしまいますね。

元広島東洋カープの山本浩次選手は、鳴り物入りで広島に入団したモノの、若き頃は打率250.ホームラン10本くらいの成績で、もっと強いチームならレギュラーすら危ういという成績でした。

ところが、30歳頃から突然330. ホームラン40本というスーパースター級の成績を残すようになるんですな。
久保裕也投手に見る分岐点

その山本浩次選手がなぜ突如覚醒したのか?
僕は不思議でした。
打者で330.40本というのは並みの数字ではありません。

松井秀樹ですら1、2回しかやってないような記録です。

その謎は引退発表の日に解けました。

山本浩次選手は
「努力に勝る天才はナシ!」と力強く言いましたな。

なるほど。
その一言で理解しました。
恐らくそこには血のにじむような鍛錬と探求があったんだと思います。

久保裕也投手(巨人→横浜→楽天)は逆指名枠で巨人に入団した選手でした。
入団1年目から先発・中継ぎで活躍し、毎年6~7勝をあげる投手でした。

しかしその後は低迷していき、1軍半クラスの選手に成り下がっていましたな。

その時、巨人のエースは内海哲也投手でした。
久保裕也投手にとって後輩(年下)の内海哲也投手は練習の虫として知られる選手です。
とにかく練習量の豊富な選手ですね。

その内海選手が鳴かず飛ばずの久保選手にこういう言葉を投げかけたそうです。

「先輩は練習しないからあんな良い球を投げられるのに勝てないんだ!」と。

いや、久保投手だって練習は真剣にしていた。
そりゃ、プロですからね。
しかし、久保投手は気付くのですな。
「俺の練習はやらされる練習であって、自分から空いた時間を利用してまでは積極的に練習していなかった。」と。

内海選手はチーム練習後にも自主練を欠かさないようなタイプでしたからね。
ソレを見習って、必死で練習した久保投手。

入団5年目から鳴かず飛ばずになってしまっていたのですが、入団8年目の2010年と2011年に大きく覚醒していきます。
2010年に79試合登板という当時のチーム記録を更新する大活躍を見せ、8勝、32ホールド。
2011年にはストッパーを任され20セーブをあげました。

つまり、いかに鳴り物入りで入団した選手でも才能だけではやっていけないのがプロスポーツなのですな。
それ相応の努力を余儀なくされる世界なのです。

その後は大学時代から悪かった肘の手術をしたためか、成績は落としますが、厳しいプロ野球界にその足跡は十分残したと思います。

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人工透析でも10年やればプロ

野球ですと、小学校から10年もたてば高校卒業になりますので、その時点でプロ入りする選手は多いです。

という事はですな、人工透析でも10年もやってきたら、もうプロレベルになってないとおかしいですな。

この時点で、「病院にやらされる摂生」から「自ら進んでやる摂生」に変わって来てなくてはね。

久保投手や山本浩次選手の例でも分かるように、2度目の分岐点が来てますな。

透析導入で分岐点となり、その透析を10年やった事でプロ入りしたと思うべきなのです。
もちろん、摂生だけではいけませんよ。
自身の人生そのものも変えていくべき時ですな。

人工透析は治りもしない事をやり続ける治療なので、精神力が必要ですな。
最初の10年で透析生活に慣れ、次の10年はもっと壮大な世界に乗り出すべきです。

この分岐は重要です。
透析でヘタレて人生を終えていくか、そこからもう一花咲かせるか?
それを決める重要なポイントです。

まあ、透析導入時から飛躍して行ける人達もいますけどね(^◇^)

世に自分が必要な存在であると錯覚を起こす事が大事ですな。
そういうのが体を持ちこたえさせますね。

病気ですと、不調も多いですし、不調だと気力もなえる。
出来るだけソコを精神力でカバーして体のリズムを変えていきたいところですな。


自分の人生の主役は自分自身

結局ですな、人生が良かれ悪しかれ、その人生を選択してるのは自分自身なのですな。
境遇の違いなどは大差があっても、世の中にはそういうのを跳ねのけていける人もいますよ。

人工透析はもう保険適応から50年が経とうとしてます。

臨床例も出そろって来てます。
つまり、療法が確定してき始めた時代に突入していますな。

歴史からその英知を学び取り、実行に移しやすい時代になって来ました。

生きる事を選択したのなら生きる事が大事ですからね。
生きるのならどう生きるかがポイントなのですよ。

僕は死ぬ気になればいつだって死ねます。
透析に行かなければ良いだけですから。
生きる選択をした以上は、やっぱり自分にとって有意義な人生を送りたいですな。

無為に過ごした10年を後悔する必要もないでしょう。
あの10年が無ければ、こういう気持ちになれたかどうか(-_-;)

まあ、これから行こうとしてる世界は競合も激しくモノになる世界かどうかは分かりませんが、しかし目指すべき方向は見えてきました。

本当の意味での「人工透析との壮絶バトル」はここから始まるのです。

20年生きられるかどうかは知りませんが、透析20年の時、何も手に出来てなかった! という状況にはなりたくありませんからね。
久保投手が内海投手の言に発奮して血ヘドを吐きながら練習していた時期と、これからの僕の人生とがリンクしていくようにならないといけませんな。

あはは(^◇^)
人にやさしく、自分に厳しくの人生設計は、甘ちゃんの僕には大概しんどいですけどね(-_-;)



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