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まあ、ここ何章かに渡って、あまり「人工透析」とは直接関係しない精神論ばかり書いてきました。

というのもですな、「人工透析」で終始してしまう生き方をして欲しくないですからな。
透析以外にも人生には考えたり行動したりしなきゃならないテーマがいくらでもあるんですよね。

人間の深層心理などを考えていく事は、自分自身が透析者である事や、病人である事を忘れさせてくれますからな。
ですが、ここでもう1回、人工透析に戻ってみましょうか。


可能性が遮断される世界

そう言えば、「人工透析」を受ける事によって、諦めなきゃならなくなった事はありますか?

聞くところでは、子供の頃から透析を受けてる人の中には「進路」が限定されてしまった話や、就職などの方向性が限られてしまった話などもありますね。

透析初期の自暴自棄になりやすい感覚とは、こういった人生の幅を狭められる、窮屈さからくるのかも知れませんな。

その中で、自分自身が努力し、狭まった囲いを少しずつ広げていきながら生活し、次第に何とか生きていける広さを確保できるようになる。

それによって、徐々に気持ちが変わってくる。

まあ、それだけが全てという訳ではありませんが、こういった事も気持ちを乱しやすい原因の一端にはなってるのでしょう。

なるほど~(*'▽')
という事は、「人工透析」によって狭められた自分の可能性を広げていけるような生き方をすればよいのですな。

あはは(^◇^)
出ました。
口で言うのだけは凄く簡単なヤツね。

実際やるとなると大変そうだ~。

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自分がやりたい事は一体何なのか?

そう言えば、透析になってもさほど苦にならずに強く生きて行ける人もいますよね。
こういう人は大体、透析導入前の腎不全末期で、かなり厳しい体調を経験し、やりたい事がその時点でやれなくなっていたのに、透析になったら体がラクになってまたやりたい事ができるようになった! という人が多いですな。

なるほど~。
ここは大きいですな。

透析になってやりたい事が出来なくなった人と、透析になったおかげで一時出来なくなっていた事が再び出来るようになった人の違いですな。

そりゃ、気持ちの面で誤差が出ますな。

要は、人間はやりたい事をやりたいという種族なのですね。
さえぎられる事が嫌い。

やりたくもない事をただ黙々とやる人生は嫌だ。

まあ、そういう事なのでしょう。

今、自分の置かれた状況の中で自分に出来る事とは一体何か?
そして、それが自分のやりたい事なのか?

まあ、こうした疑問が解決する事で、仮に「透析」で心が折れてても復活が可能な訳ですな。
その答えが見つからない人は、ずっとやみくもに「人工透析」を黙々とやるだけの人生になってしまうと。

人生の目的は何なのか?

「人工透析」で、より良い「透析」をと考えましても、こっちの人生自体がちゃんと確率してませんと、いくら良い透析を受けていたって意味がありませんからな。

ん~(-_-;)
そう言われてみればそうだ。

生きる目的がはっきりしてなくて、透析効率の事ばかり考えていても、それだと透析のために生きてるような感覚になってしまいますな~。

ん?
僕は何のために生きてるんだろうか?

アカ~ン。
こりゃ、テーマが壮大過ぎる(>_<)

人は何のために生きてるんですか?
ありゃりゃ、ドンドン分からなくなってきたぞ。

こりゃ、「星の王子様」辺りから勉強し直しだな。

そう言えば、「人はね、何のために生きてるか分からないから、それを探すために生きてるんだよ。」というのがありましたな。

そういうモノなのか~(>_<)

とにかく、はっきりした目標を置いてる人と、僕のように目標が漠然な人とではちょっと違ってきます。
ここですな。

そうか、目指す事とかがなければ、透析になっても後は死ぬだけという事になっちゃいますからな。
そりゃ、気持ちも持ち崩すよね~。
自分で手を下せるほど甘い世の中ではありませんからな。

死を待つだけになってしまうと、確かに何のために生きてるのかなんて分かりません。

これからの人生の中で自分はこうありたいという何かがなければ、生きるために透析をするという事になっていけないのですな。

ん~(-_-;)
だいぶ分かった。

そこか~。
目標か~。



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