スポンサーリンク
あ~、今日も透析ですな(-_-;)

まあ、火曜日だけは、朝起きたら多少は嫌な気持ちになりますなぁ。

中2日、謳歌しただけにね。

昼前に家を出て、帰って来ると夜7時半頃ですわ。

ん~(-_-;)
透析中の爆睡

まあ、これをどうやって、ネガティブ思考から救い出すかですな~(*'▽')

これは、透析バンザイ!!!でオルカさんが説明してくれてます。

まあ、透析が苦痛になるのは、半分以上は思い込みもあるんですよね。

「透析が辛い」というイメージが脳に残ってますからな。

それで、週の頭に、ネガティブな思考が芽生えてしまう。
まあ、僕もそれは理論として分かっているんですけどね(-_-;)
なかなか脱却できませんな。

僕の場合は、
「さあ、気持ちの良いベッドで寝に行くか!」みたいな感じですな。

針を刺したら5分で寝られる特技がある。
皆さんはどうしてますか~?

あはは(^◇^)
4時間爆睡っていうのは、今の病院に来てからなんですが、透析中は寝てしまう事が多かったです。
というのは、睡眠時無呼吸症候群があるんでね。
横になってると寝てしまいやすいのですな。

で、透析導入病院時代の話なんですが、眠かったのに透析中起きてて、透析終盤でいつの間にか寝てました。
で、回収の時に一端、起こされますわな。
で、止血しながらいつの間にかまた寝てました。

当時は午前中透析で昼の1時過ぎに回収なんですが、2度寝から目が覚めたら、午後3時過ぎてるではありませんか?

あら(*´Д`)

そうかぁ。血圧が低めだったから、そのまま起こされずにいた訳です。

おわっ!
なんせね、当時は高松市までバス、JR、電車で通ってましたから。

田舎の山住いなので、最後の福祉バスが5時までしかないんですな~。(バス代は100円)
それに乗り遅れると、タクシー代が1割引きでも2000円かかりますから(-_-;)

どわっ( `ー´)ノ

ってなりまして。
ソッコー飛び起きて帰宅する羽目に。

田舎ですからな~。
JRや電車も乗り継ぎが必要で、待ち時間もありますよ~。
最後のバスに乗り遅れると大変だってなって必死でした。

いや、2度寝した僕も悪いが、起こしてくれよ~(-_-;)

なんせね、仕事もしてないヘタレ時代ですから。
2000円は痛い訳でして。

DSCN2495


転院で大病が次々と

透析導入病院時代も色々ありましたな~。
なんせ、7年近く通ってましたから。

もうね、5年過ぎたくらいから、帰り道で血圧が下がってヘロヘロになると事が多かった訳ですな。

最初コトデンに乗って、志度駅(香川県さぬき市)で降りてJRに乗り換える訳です。
で、三本松駅(香川県東かがわ市)まで行って、そこから福祉バスに乗って山の中へ帰るのですな。

ところがですよ。
血圧が下がってしまい、JRから降りられなくなって、徳島駅まで行ってしまうというね(-_-;)

そんな事もありましたな(*´Д`)

まあ、7年目の3月。
病院内も荒れ果て、(スーパー看護師のOさんが辞めた後、荒んでしまった)紋巣多亜患者さんが横行し、身の危険も感じてました。
さらに、帰り道での血圧低下の頻度が上がってた訳です。

このまま夏場になれば、もう死ぬんじゃないかな・・・と思いましたな。
で、転院を決意する訳です。

主治医は2人いたんですが、その日いた先生に
「地元病院の空きがないか聞いてもらえませんか?」と言ってみたところ、空きが1つあるのが分かり、トントン拍子で転院となったのです。

いや、
「なんで、転院?」と理由は聞かれまくりましたが・・・。

地元病院では師長さんと最初に面会しましてね。
大ベテランのシャキシャキした看護師さんでしたな。

で、地元病院では近いですが(車で10分・バスなら回り道があり20分)、帰りは送迎します。
という事になりましてね。
行きだけバスで、帰りは病院の車で、という透析になりました。

転院後すぐに心電図で引っかかり、心臓の検査入院で香川医大に2週間入院しました。
そこで、心臓の検査中に腎臓がんまで発見されてしまい、転院して無ければそれが発覚したかも分かりませんからな。
導入病院では何回も心臓の検査は申し出て受けました。
1泊してまでやったのに何も出ませんでした。

まあ、幸運でもありますな。
転院した時は、一気に色んな検査を受けますんで、そこから心筋症、腎臓がん、十二指腸ポリープと3つも発覚し、2013年はほぼこの治療で香川医大に入院の連続となりました。

で、5時間透析まで出来るようになった訳ですな。

5時間透析が4時間になるも、血液流量が200から280へ

ところが2014年3月に師長さんが定年退職となり、若い主任さんがやってきてから、また地元病院では雰囲気がガラリと変わってしまい、2014年9月から2015年3月にかけて、ある大事件が勃発してしまうんですな~(-_-;)

大勢が巻き込まれ、怒って辞めて行った看護師さんもいました。

僕も巻き込まれ、正義感を発揮した人はみんないなくなりましたな。(悪だけ残るという(-_-;))

で、僕も2015年3月に転院という話になった訳です。
病院上層部は、まあ、事情が事情だけに転院には協力的でして、恐らく今の病院の院長先生と、当時香川医大から出向で来てた先生が知り合いなので、スムーズに転院の話が進みました。
まあ、「大事件の中身を一切漏らさないという成約」と「スムーズな転院」が交換条件となった訳です。

この時も1回、面接に行きましたが、その時はまず院長先生と面談、その後、室長と面談。
どちらも好印象な上に、送迎で家まで送り迎えしてくれるとなりまして。

これは助かりましたぁ(^◇^)
なんせね、大事件に巻き込まれた事で精神的ショックの大きい時でしたからね。

という事で、今の病院に来た訳ですな。

2015年3月でした。

実はこの頃は僕も全く知らなかったんですが、今の病院に来て5時間透析が送迎の関係で4時間になってました。
ところがですな、血液流量(QB)が200から250になってたんですな(後に更に280になった)。

まあ、当時は血液流量なんていう概念が僕には全くなかった訳です。

穿刺が痛いなぁ・・・という感じだけでした。(針が17Gから16Gに変わってたので)
後は、透析終盤の腕のだるさがすごかったです。(これは長年血液流量200の透析に慣れていたので、250になってそうなったんだと思います)

それで2015年11月からこのブログを始め、血液流量の概念を知った訳ですね(*'▽')

穿刺がうま過ぎる病院

今の病院では、室長が穿刺の神様と言われ、近隣でも有名な技士さんですからね。
スタッフの穿刺技術がこれまでの2病院と比べて格段に高い訳です。

ジュンス君(技士君・イケメンです)なんかは、1度穿刺後、脱血不良になって刺し直した事があったんですが、それだけでもう穿刺しなくなっちゃいました。

ん~(-_-;)
本人の意思か、病院の方針かは分かりませんが、刺しに来なくなっちゃいましたな。
なんかかなり厳しいようですぞ。
僕のを失敗するようじゃ穿刺は無理だ! とでも言われてるんでしょうか(-_-;)

格段に高い穿刺技術はそういう厳しい環境のなせる業かも知れませんな。

僕のシャントを見た他県の透析医の先生が、目をつむってても刺せそうな血管だ! と言ってましたからな~。

そうなんですよね~。
完全に新人育成用の血管です。
しかも、穿刺に慣れるためだけに存在してますね。
簡単すぎて、練習にもならぬという(-_-;)

ま、穿刺に不安を覚えたら、1度僕のを刺しに来るといいですよ~(*'▽')
自信がつきます(^◇^)

たまに室長も穿刺してくれますし(^◇^)

とにかくね、今の病院で、随分と精神的に救われました。
遠いのが難点ですが、送迎してもらってますし、帰り道での血圧低下の不安もなくなり、体調も良いし。
いう事無しですな。

美男美女が多い病院でもあり、透析室の独特の暗いムードがほとんどありませんな。

なんか、技士さんの数、男性スタッフの数が多いです。
役割が明確になってますよね。
なので、スタッフさんが優秀なので、特に紋巣多亜化してしまってる患者さんは見当たりませんね。
軽めのグチグチ爺さんが何人かいるくらいです。

しかもね、何かあれば、すぐ
「申し訳ありませんでした。」と謝って来ますね。
そこも好感度が高いですし。
こちらが、透析に対して前向きですと、協力もしっかりしてくれますね。

前は診察を申し出ても、面倒くささを態度に出すスタッフさんのいましたが、この病院ではそういうスタッフさんは1人もいないし、みんな親切です。

という事で、僕も透析に対する考え方が大きく変わっていった要因の1つになりましたね。

6時間透析や5時間透析の患者さんもいますし、夜間透析もあります。
入院病棟にも別に透析室があり、病院自体がかなり透析に特化してますね。

香川だけでなく、四国でもトップレベルかと感じますな。

トシヒーロー、3つ目の病院でようやくまともな透析が受けられる(^◇^)
ここまで10年近い月日がかかりましたぁ。


↓↓↓恐れ入りますがお帰り前に応援ポチをよろしくお願い申し上げます。

↑↑↑面白ブログ満載のランキングが見れますが同時に1票がはいります(*'▽')




        スポンサーリンク