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闘病という名の悪魔!(春夏秋冬)からの続きです

2016年10月頃になり、精神的にかなり苦しくなってきました。

これは原因が1つではなく複合型でしたね。
かつて働き過ぎて意識不明になった時のトラウマなども関わっていたでしょう。
パソコンで仕事をするようになって、結構な精神的負担がかかってしまっていたのかも知れません。
また、前の病院時代に起きた事件の全貌が、日を追うごとに見えて来た事もあります。

そこに某穴暴言事件なども加わって来たのでしょうな。
ちょうど2016年は3月に、僕のブログを見たTさんという方から突然メッセージが来ました。
僕のブログに掲載してる詞に曲を付けました。
という事でした。

で、その際にTさんからSさんという透析43年の女性患者さんを紹介されたのですな。

えっ?
透析43年・・・(-_-;)

まあ、僕は過去の病院では透析16年以上の人を見た事がほとんどありません。
今の病院なら30年以上の方も何人かいらっしゃるんですが、透析43年なんていう凄い人は、知り合いに1人もいませんでしたのでね。
驚いたんですが、しかもそのSさんが並みの方ではなく、Facebook上に300人以上の透析関係者さんを集めたグループを作っていて常に大盛況になっていたんですよ。

Tさんからの紹介で、そのグループに入れてもらったおかげで、そのSさんからもFacebookに「いいね」をもらえたり、コメントをしてくれたりという繋がりが出来ました。

そこにはヘタレ10年の僕とは違い、透析でも前向きに人生を楽しんでる方や、頑張って仕事をされてるベテラン患者さんが大勢いました。

ぬ~(-_-;)
スゴイ人たちがいる。
と、僕は正直驚きました。

香川の田舎で透析を受けてた僕にとっては、透析40年なんて人は滅多にいないと思っていたんですが、ネットの世界に入って来て、そういうブログなどを読んだりして、透析40年以上の人は結構いるという事が分かりました。
しかし、交流のある40年以上の人(知り合いの知り合いとかならいた)はいませんでしたので、そういった大ベテランさんと交流が持てた事は大きかったのですな。

そういう中で、僕も精神的には厳しかった部分も多かったんですが、そういった交流が出来、少し助かっていた部分もありました。
が、それが2016年10月頃になって、一気に「うつ」が進行してしまいました。

まあ、僕自身が思うように事が運ばないというプレッシャーなんかもあったかも知れません。
とにかく色んな要素が絡みあって、精神的にブログを書いていく力も無くなり、また仕事にも影響しておりました。
せっかく順調に仕事も拡大し始めていた時だったのですが、11月になって仕事を完全休業する事にし、ブログも更新頻度を下げました。(当時は1日3記事更新していました)

そのFacebookのグループの流れで、僕はOさんという方と知り合いました。
知り合ったと言ってもFacebookの中でですけどね。

名前を初めて見た時に知ってたもんでついつい、友達申請してましたらいつの間にか承認されていたばかりか、Facebookの投稿に「いいね」をしてくれておりました。
僕がネット世界に入って来て、色々勉強のために調べ物をしておりますと、Oさんの事は時々見かけていたのですな。
経歴が変わっている方で、成功されているので有名だった訳です。

そのOさんとは、全く知らない間柄だったのですが、某穴暴言事件でコメントし合うようになり、ちょっとだけソーシャル上で仲良くなっていました。

11月になって本格的に「うつ」になりかけていた時も、Oさんには色々励まされなんとか持ちこたえて、休業は1か月ほどで済みました。

12月の終わりごろになると、何とか「うつ」も軽減し、仕事も再開。
ブログも1日2記事更新にし、復帰しました。

DSCN2032


また、ネット世界では多くの活躍してる人たちがいる事も段々と分かってきました。

Sさんの阪神淡路大震災での経験を書いてるマンガ「透析バンザイ!!!」の存在にも気付き、徐々に全国の透析状況が分かるようになってきました。

当時、透析バンザイ!!!の作者のBさんとは、Facebook上のSさんのグループやTwitterで辛うじてニアミスしてる程度でしたが、2017年になってBさんが腎友会のイベントに参加がてらみんなで食事会をしよう! という提案をされてるコメントに気付きました。
僕は思い切って、
「僕も行きたい!」と割り込みコメントをしておりましたら、
「是非お越しください」という話になりました。
先のOさんも参加されるという事で、僕は大喜びで深夜バスに乗って東京へ行ったのです。

BさんやOさん、他にも何人もいましたが、僕は在宅透析をされてる患者さんを見るのが初めてでして(^◇^)
透析年数に関わらず肌がツヤツヤしてる方ばかりでしたので、衝撃を受けたのですな。

香川でも透析年数の長い方は今では見かけるようになっていたのですが、やはり長くやってらっしゃる方は色々体に爆弾を抱えていまして、元気な方は少ないのですよね。

しかし、そこでは、元気で頑張っている患者さんがたくさんいたんです。
これが、一つの大きな転機となりました。

やはりね、ネット上で、長く透析を受けていてもバリバリ頑張ってる患者さんは多いです。
しかし、所詮はネットですからな。
香川ではそんな患者さんに遭遇する事は滅多になかったですからね。
初めて本格的に頑張ってる方々に出会ってみて、
「おお! 透析しててもこんな風に生きられるんだ!」という事が実感できるようになりましたね。

見るまでは半信半疑なところもあったんですが、それまでの
「透析してたら長くは生きられない」という妄想が消えていったのですな。

この時は他に出会った方にも、先の僕の詞に曲をつけてくれたTさんを始め、今でもFacebookでつながりがある方々と多く出会いました。

また、5月には別のS兄やK兄のグループと会い、他にも透析患者同士で結婚されている方々2組と知り合いました。

2017年は出会いから徐々に僕の精神状態がよくなって行き、患者会活動にも参加するようになりました。
香川県の県腎協総会では、3月に出会った透析仲間から全腎協会長を紹介してもらっており、挨拶も出来てしまいました(-_-;)

また10月の四国ブロック青年部交流会では、県腎協の会長ともお話できました。

自分自身がアクティブに動いていく事で、多くの仲間と出会い、またそのたびに自分自身の活力が上がっていく感じとなって来ました。

2017年7月、僕は透析11年となり、透析12年目に突入しました。
これまで様々な葛藤があった人工透析ですが、こんなに多くの人と出会う年は透析になってからは初めてです。

しかもですな、11月の「長時間透析研究会」ではもっと多くの人に出会うでしょうし、また12月の大阪オフ会では更に初対面の人に会えますね。

念願だった大阪ユニバーサルスタジオジャパンにも行けました。

ネット世界に入り、ブログを書き始めた事で多くの仲間が出来ました。
きっかけをくれたTさんやSさんやBさんやOさんには感謝ですね。

出会いから色んな世界が広がっていった2017年もあとわずか。

夢を失うよりも悲しい事は自分を信じてあげられない事

自分自身が「人工透析」という苦しみから脱却できるという自信がついた1年となりました。
ここから先に待ち受ける人生は自分の手で切り開くしかない。
そして自分の力を信じ、歩んで行こうと思います。


Jupiter  平原綾香


Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
深い胸の奥で つながってる
果てしない時を越えて 輝く星が
出会えた奇跡 教えてくれる

Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
この宇宙の御胸に 抱かれて

私のこの両手で 何ができるの?
痛みに触れさせて そっと目を閉じて
夢を失うよりも 悲しいことは
自分を信じてあげられないこと

愛を学ぶために 孤独があるなら
意味のないことなど 起こりはしない

心の静寂に 耳を澄まして

私を呼んだなら どこへでも行くわ
あなたのその涙 私のものに

今は自分を 抱きしめて
命のぬくもり 感じて

私たちは誰も ひとりじゃない
ありのままでずっと 愛されてる
望むように生きて 輝く未来を
いつまでも歌うわ あなたのために


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