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人が生きていきますと、どうしたって理不尽な現実や、壁にぶつかる事になりますな~。

まあね、ある意味「人工透析」を受けるようになったのも、そういう事かも知れません。

僕なんかね、最初は
「何で僕なんだ<(`^´)>」ってなってましたな。
世の中、もっと悪いヤツはいるだろう! って(-_-;)

「驕ることなく謙虚に」

まあ、そういうのも、多くの仲間と出会えたりすると変わってきました。
透析になってなければ出会えなかったであろう人たちですからな。

そう考えると感慨深いモノがあります。

ただ、僕自身、この自分自身と付き合ってきて49年11か月になる訳でね。
自分自身の性格は嫌という程知ってる訳ですな。

ん~(-_-;)
調子に乗りやすいんですわ。
しかも、目立ちたがりなところもある。(子供の頃はカラオケ大会とか出まくってましたからな~)

その都度、テレビや政治世界で、傲慢で鼻持ちならないタレントさんや議員さんが出てきて反面教師となってくれたおかげで、何とかメチャクチャな損失は受けなくて済みましたが。

とにかく
「驕ることなく謙虚に」というのをよく自分自身に言ってますね。
口に出して言わないと、本当に驕り高ぶってヤなヤツになってしまいそうですからな~(-_-;)

そりゃ、テレビタレントとか、そういう性格が有利になる職業もあるんですけどね。
まあ、大体の職業では、マイナスになる事のほうが多いですから。

僕も昔、カラオケの通販会社にいた時期があるんですが、その頃(制作部だったので)多くの有名音楽家の先生と仕事しました。
カラオケテープのA面にカラオケが入ってて、B面に作曲家や作詞家のレッスン指導が入ってるヤツを販売してたんですな。
で、市川昭介先生や、船村徹先生ともお会いする事もありました。

まあ、あそこまで有名な音楽家の方々ですと、それなりに人当たりも柔らかくとても優しい人たちだったのですが、中には
「うわっ(-_-;) 思いっきり有名人病にかかっとるやん!」みたいな人もいましたな。

大体は超一流にはなり切れない、一流半やニ流の人たちですわ。
その性格のせいで一流になれないんでしょうな。
驕り高ぶってますからな~。

当時僕は23、24歳でした。
若い頃にそういう人物をたくさん見たのも良かったかも知れませんな。

実は、その当時、僕は会報誌などを担当してまして、新宿のホテルの料亭でインタビュー記事なんかを撮ってました。
そのカラオケ会社のお偉いさんの中には、レコード会社で営業経験とかがある人もいましてね。
その絡みで、歌手のインタビューを会報誌に載せてたんですな。

確か、僕が入社した1番最初のインタビューは川中美幸さんでしたな。
リサーチが足りずに、刺身料理などを出してしまったんですが、
「すいません。私、生ものが苦手です。若い方に食べてもらって下さい。」ととても柔らかい笑顔で言われました。
ひ~(-_-;)
社長に怒られるわと思いながら、すいませんと謝罪すると、
「いえ、お気になさらずに(*'▽')」ととても柔らかい人で助かりました。

こういう時に、先の驕り高ぶる有名人病にかかってる人だと、
「こんな事も調べて無いのか!不愉快だ!帰る!」とでも言われかねませんからな(-_-;)
(実際、そういうような事を言われた経験もあります(*´Д`))

まあ、その刺身は僕がもらうことにして(*'▽')
別のオーダーを頼みました。

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物腰が柔らかい芸能人たち

川中美幸さん、藤あや子さん、五木ひろしさん、中村美津子さん、大月みやこさんのインタビューをやりましたね。

五木ひろしさんは、入って来るところからメチャカッコ良かったですな(*'▽')
ちょうどね、売れない時代の話になってまして、その苦労話がとても面白かったです。
歌謡選手権(当時の人気番組。10週勝ち抜くとデビュー出来る)に出るのは勇気がいったそうです。
なんせ、既にプロデビューしてた訳ですから。
万一、勝ち抜けなかった場合は、プロ廃業にもなりかねない。
しかし、このままだと売れない無名歌手で終わってしまう。
意を決して挑戦し、10週勝ち抜いたのですな。
で、山口洋子先生に
「凄いのがいる!」と言われ、「よこはまたそがれ」が誕生した訳です。
そこからは破竹の勢いとなるのですな(*'▽')

藤あや子さんは、半端なく綺麗な人でしたんで、そこだけで近寄りがたかったです。
見とれてしまい、細かい話を覚えてませんな(-_-;)

一方、中村美津子さんは当時売れ始めの頃でした。
インタビューは音楽評論家の先生との対談形式なんですけどね。

当時、中村美津子さんは大阪で河内節などを歌っていて、祭りなどでひっぱりだこの歌手だったんですが、「河内おとこ節」がヒットして一気に有名になっていった訳ですな。
そのインタビューはその頃でしたんで、ちょうど有名な音楽評論家の先生もいる事だしと、相談を持ち掛けてました。
「すいません。私、主人も子供もいるんですけど、発表してません。聞かれる事も無かったですから。でも、これはマズイでしょうか? どこでどう話すと良いでしょうか?」というものでした。

まあ、今はもう中村美津子さんにご主人もお子さんもいるのはファンなら誰でも知ってますので、問題無しという事で話しますけどね。

長く売れなかったのに、急に売れましたからな~。
タイミングを逸したし、またそれまで聞かれる事が無かったというのも、まさにそうでしょうな。
それ以前に、細川たかしさんが似たような事で軽く叩かれたりした事もありましたから。

音楽評論家の先生は、
「そんなのほっときゃいいよ。仮に騒ぎになったとしても芸能人の通過儀礼みたいなもん。ば~っと騒がれスグ終わる。流れのままでいいんだよ。」と言ってましたな。

ですが、僕の知る限り、今までの所、1度も騒がれる事は無かったですな。

大月みやこさんは、本当に腰の低い良い方でしたな~。
大月みやこという芸名は当時はレコード店で営業で歌う事が多かった時代です。
有名レコード店だった「大月」と「みやこ」からもらったという事でしたな。

ビクターのコンクールなどに出たりしてたそうです。
大月みやこさんは、歌手が凄い声量で
「ガ~ッ」と歌うのは違うと思い、優しく歌う事を心掛けてたそうです。

ん~(-_-;)
確かにそういう歌い方を今でもしてますね(*'▽')
有難いお話ですな。

まあ、さすが演歌歌手の方は、どなたも腰は低いですな。
五木ひろしさんなんかは、ビッグスターだと思うんですが、僕なんかにも普通に接してくれましたし。

僕はと言えば、インタビューを録音し、それを記事に起こす訳ですな。
一応、全部記事に起こして、音楽評論家の先生のところへ持って行き、先生に渡し先生にインタビュー記事を書いてもらうのが、僕の仕事なんですな。
社長にこんなの3日もあれば出来るよとプレッシャーをかけられるんですが、実際やってみるととても大変で、3日間家にまで持ち帰って必死でやらないと3日では出来ませんでしたな。
会社だと広告などの他の仕事もありますし。

今もこの会社はあるんですが、当時はカラオケテープだったのですな。
カセットテープ(*'▽')
見なくなりましたな~。

恐らく今ではCDとかDVDとかで販売してるんでしょうな。

市川昭介先生も船村徹先生も旅立たれてしまいましたな。
実は、あの有名人病で驕り高ぶってた音楽家の先生は、まだ存命しております。
なんて事だ。
良い人のほうが先に旅立たれるとは(-_-;)

でも、おかげで僕も自分を戒める事ができますからな。
そう思えば、それはそれでありなんでしょう(*'▽')



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