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「東京は風の街」
唯川恵さんの小説に出てくるフレーズだ。
10年東京に住んだが、まさにこのイメージだ。
別に風が強い街という訳ではない。
東京は夢を追いかける者たちの足音が聞こえる街だ。

「風が好き ひな菊が好き あなたが好き」
黛まどかさんの恋愛俳句である。
この人の恋は追い風が吹いているだろうか?

僕は子供の頃から作詞家になりたい・・・という夢を持ってた。
当時はまだ阿久悠先生の全盛期で、ピンクレディや石川さゆりさんの歌をよく聴いていた。
さらに、松本隆先生や秋元康先生の時代が来て、ひそかに作詞ブームがあったのだ。
僕はこの松本隆先生の書く詞が好きだ。
松田聖子さんや、近藤真彦さんのヒット曲は松本隆先生が書いたものが多い。
他には「ルビーの指輪」「木綿のハンカチーフ」「赤道小町ドキッ」「冬のリヴィエラ」などなど、ヒット曲だらけだ。
聖子さんの「赤いスイートピー」もマッチの「ハイティーンブギ」も松本隆先生が書いたものだ。
「人の夢とペンで書けば 儚(はかな)いって読むのですね」
こんなフレーズを書く先生なのだ。
う~ん。恐るべし!

強く憧れ、僕は高校を出ると、上京しコピーライターの専門学校に行った。
作詞家は阿久先生を始めとして、コピーライター出身の方が多いからだ。
卒業後、残念ながら就職が決まらず、一端帰郷。
その後、もう一度、「東京に行きたい!」とずっと思っていた。
そんな時、一本の電話がかかってきた。
「うちで、広告作りませんか?」
通販会社からだった。それも東京の高円寺にある会社だ。
ちょうどその頃、僕は作詞の同人誌で賞を取りまくっていた。
その表彰式で、その通販会社の関係者が接触をはかってきていたのだが、
その時、コピーライターの専門学校を出た事を話していたのだ。
その同人誌のスポンサー会社だったからこそ起きた奇跡だ。

僕はその通販会社へ就職を決め、2度めの上京から数日目には出勤していた。
まさかその18年後に人工透析をするはめになるとはつゆとも知らず、僕は東京での生活を楽しんでいた。
東京での10年は僕にとっては、珠玉の10年だ。
普通の人が経験できないような事を沢山経験した。
それがなければ、今、透析でくじけていたかも知れない。

当時はまだバブル崩壊前(もしくは直後)でジュリアナ東京とかそんな時代だった。
給料だって、年々ベースアップ5%だったし、ボーナスも3か月分もらえた時代だ。

人生の幸運期ってのは、長くは続かないものだ。
やがて、体を壊し帰郷。
そこからはもう、ずっと体調が悪かった。
とにかく、体調が悪いと、根気とかそういうものがなくなる。
うまくいかないものだ。
(透析患者の逆襲! その10につづく)



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