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2006年に入り、それまでごまかしごまかし来ていた状況が少しずつ悪化の方向に変わり始めた。
この年の1月、主治医に「そろそろ透析の準備を始めましょうか」と言われた。
なんせ、ラシックスが効かない。
それまでは、ラシックスを飲めば1時間以内に少なくとも3~4回立て続けにトイレに駆け込む事になる。
それが飲んでも効かない・・・。
僕の腎臓はそこまで悪くなっていたのだ。
この時のクレアチニン値は5。
急激に悪くなっていた。
主治医はこれはもう歯止めがきかないと判断したのかも知れない。

6月、もう限界だった。
気分が悪くて、飯が食えない。
86キロの体重が80キロまで減ったのに、また増えはじめた。
何も食べてないのに・・・である。
強烈な貧血の為、100メートル先にあるコンビニにすら行けず、
横になれば咳き込む。

タクシーに乗り病院へ行くと、クレアチニン値は11だった。
主治医は「よう死なんかったなあ、とにかく入院しましょう。」

Oさんというスーパー看護師がきて、透析に関する様々な説明をしてくれた。
いきなり「透析」と言われても、費用がどのぐらいなのか・・・?とか分からない事だらけだ。
Oさんやソーシャルワーカーの方が来て、大体の疑問は理解できた。

そしてシャントの増設に入る。
シャントがないと、透析はできない。(臨時には首の血管から透析しますが、常用できません)
2週間待ち(シャント増設により血管が成長するのにかかる時間)7月14日初透析だ。
(ここからは「透析患者の逆襲!その1」につながります)


人工透析・・・。自分がなるとは誰も思わない。
ショックだったが、できうる限り、そんな素振りは見せないつもりでいたが、随所に現れていただろう。
両親や姉もショックだったに違いないが、普通に振る舞っていた。
姉はこの時の少し前、「子宮がん」で厳しい治療をしていた。
抗がん剤を打ち、耐え抜いた。
病人の気持ちはよくわかるだろう。

「透析ってのはかなり大変らしい」
皆さんもそう聞いているだろう。
そこには、なった者にしか分からない苦悩と悶絶がある。
血圧が下がるたびに、「死にたい」と思う人もいるだろう。
僕はそれでも、その苦しみに立ち向かえ!と言う。
きっと、悪魔の言葉だ。

前にも書いたが、50年以上前に透析をしていた人達は全額負担だった。
年に500万円前後はかかる。
ほとんどの人は2年もすれば、「死」を選択するしかなくなる。
厳しい治療のなか運動し、政府が動き3割負担となり、現在の負担額(僕の場合は無料)となった。
この透析をしながら運動し、これを勝ち取ったスーパー透析患者達がいたのだ。
その恩恵を受ける僕たちは、弱音を吐ける立場に無い・・・僕はそう思う。
賛否はあるだろうが・・・

「透析」とは「延命治療」である。
しなければ死ぬ。
「透析」をしている事そのものが、もうすでに闘いに参加している。
もう闘っているのだ。
(透析患者の逆襲!その12 へつづく)



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