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昨日、このブログのテンプレートを「スカイ」から「リンゴの木」に変更。(パソコン版のみ)
僕たち透析患者にとって、リンゴは食べたくても食べられないもの。
最近は僕にとってリンゴは鑑賞用であり香りを楽しむものになってて、「食べたい」という欲求はずいぶんと抑えられるようになってきてます。
アハハハ!
なんせ、僕は心臓に爆弾がありますから。
我慢するしかありません。(どうしても食べたい時は家族に食べさせ、一かけらだけもらうけど・・・)

さて、透析を始めた頃、僕は数人の透析患者さんたちと、あるゲームをしていた。
朝9時から透析が始まるのだが、8時半に集まり、内科に置いてある体重計で体重を計り、増え幅2200グラム未満の人だけ販売機のカップコーラ(200cc)を飲める・・・というゲーム(?)だ。
コーラの好きな人達が集まり、多い時は6人ほどいた。

70歳代前半で透析15年のOさん、
60歳代後半で僕と同時期に透析になったTさんなどがいた。

先に書いておくが、この時のコーラメンバーは僕以外、皆死んでしまった・・・。
今でも喪失感が残っている。
僕が透析を始めた当初、皆で励まし合いながら、この透析と闘ってきたメンバーなのだ。

ある時、Oさんが僕の目の前で、ステ-ン!と転んだ。
それ以来Oさんはよく転ぶようになった。
そして入院した。
病棟に見舞いに行くと、1週間前からの記憶が無いという。
えっ!2日前、下で一緒にコーラ飲んだのに・・・?
それすら覚えていないという。
後で分かった事だが、これは「脳梗塞」の典型的な初期症状だ。
脳の血管の一部が詰まりかけている(大事な部分)時に起こる。
半年間、入退院を繰り返し、Oさんはドンドン弱っていった。
最後の2か月ほどは、会話もできなかった。
頼りになる兄貴分的存在だっただけに、僕のショックは大きかった。

Tさんは社会的にそれなりの地位にある人で、自分にも人にも厳しい人であった。
Tさんは透析を始める前、「脳梗塞」の経験、ガンの経験がある人だった。
透析を始めて数年のうち、何度も「脳梗塞」を起こし、体が不自由になっていき、それを苦にして自殺してしまった。

僕はコーラ仲間たちの死を次々と見てきた。
「人工透析」は「死」があまりにも身近だ。
目の前で次々と起こる。
Nさんという方は、60歳そこそこで元気だったのに、「頭が痛い・・・」と突然言いだし、翌日亡くなった。

長く透析を続けていくと、こういう「死」の瞬間に何度も立ち会う事になる。
誰もみな、この「死」と立ち向かっていく事になるのだ



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