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父が脳梗塞で倒れ家族が崩壊!(絶望編)」の続きです。

10月中旬頃でしたでしょうか?

父の病院へ行き世話をしてる際に、父の主治医が来られました。

このままでは、栄養的な問題が出てきます。
右胸に管を通して、血管に繋ぐと、そこから今使ってる栄養剤よりも強いものが打てるようになります。
そのためには、右胸の血管にに管をつなぐ手術をしなければなりません。

確かに2か月の絶飲絶食で、父はすでにガリガリとなっていました。


父は手にグローブを付けられていました。

これは、タンの吸引をする際に、かろうじて動く手で、看護婦さんの邪魔をしてしまう時、看護婦さんが引っ掻かれたりしないための防止策と、点滴が抜けることへの防止策でもありました。

すでに父の両腕は栄養剤投入の点滴の針穴でアチコチが傷んでいる状況でした。

主治医によれば、強い栄養剤の投入で腕が腫れ上がる場合もあるので、右胸上部に穴を開け、直接血管と繋ぐ管をつけたほうが良いというものでした。

これに対し、父は反応を見せました。

「手術いやや。」

先生、その手術、父が眠ってる間に終わるように出来ますか?

「できますよ。」

では、それでお願いします。

父は、かすかに
「手術いやや。」を繰り返していましたが、

大丈夫や!
寝てる間に終わるから。
痛いのはその時の注射くらいやからな。

眠って起きたら、もう終わってるから。

そう言って、何とか受けてもらわないとなりません。

今の栄養剤では、父の体力が持たないでしょう。
今のうちに出来る事はやっておかないと、先々は不能になってしまいかねません。

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一方で、母と姉の病状も一進一退を続けていましたが、10月も中旬になると、母の調子が上がってきていたので、姉には介護を一時完全休業してもらい、自分の闘病に全力を尽くすようにお願いしました。

まだ先は長いからね。
この時はそう思っていました。

父の手術の日が来ました。

父は当日になっても、
「いやや。」と繰り返していました。

しかし、これをやってもらわないと、栄養が足りなくて確実に体力がなくなります。
強い栄養剤を打てれば、熱も下がるかも知れませんし、肺炎も良くなっていくでしょう。

その可能性を考えれば、この手術は避けられません。

しかも、管を作ってしまえば、点滴の際に針を刺さなくてもよくなります。

管につなぐだけで点滴が出来るのは楽ですから。

そういう将来性もあります。
やがては退院して、家で過ごさなくてはなりません。

そうなった時、腕の点滴なんて、家族では出来ません。
この手術には色々なメリットがあります。

最後まで
「いやや。」を繰り返した父ですが、手術室に連れていかれました。

たしか母と共に待った時間も、2時間もはかからなかったと思います。
手術が終わり父が運ばれて来ました。

あれだけ嫌がってた父でしたが、手術が終わると笑顔で帰ってきました。
父が珍しく笑顔だったので、順調にいったのが一目で分かりました。

ほらぁ。そうやろ。
寝とったら、知らぬ間に終わったやろ。

僕がそう言うと、かすかに頷いていました。

さて、右胸上部に穴を開け、血管に管を付けた事で、強い栄養剤の投入が始まりました。
そうすると、徐々に効果が出てき始めたようです。

何しろ父の顔色が変わってきました。
顔の血色が良くなったのが一目瞭然でした。

表情もよくなって来ました。

父の顔を拭いてあげる時、冷たいタオルでやると、
「冷たい!」と意思表示し始めました。

脳梗塞で倒れ、最初の1週間ほどは回復傾向でしたが、そこから先は一気に悪くなってしまい、回復の兆しが全く見えないまま、今日まできていましたが、ここでようやく少しだけ希望が見えてきました。

これなら、父もこの病と向き合えるだろう。

顔つきに余裕が出てきた事。
更に肺炎が回復し、熱も下がる日が出てきました。

父の状況を聞いた姉も、体調が上向きになったとの連絡がありました。

母もようやく落ち着いてきたようです。

しかし、父の回復傾向がもたらした家族の明るい雰囲気も、もう少しすれば、一瞬に凍り付く事態がやってくる事など、この時、誰も知る由はなかったのです。

季節は晩秋へと向かい始めていました。
昨年の10月も残りわずかとなっていました。


今日の午後記事へと続く


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