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地震大国日本・・・。
阪神淡路大地震や東北三陸沖巨大地震など、まだまだ記憶に新しいところです。

当然、それぞれの地域には透析患者だっていました。

そういう人達がどうなったのかは、ほとんど報道されておらず、分からない事だらけです。

報道であったのは、三陸沖の時は、いち早く透析の準備が行われ、地震から3日めには医師と看護師、透析機が現地に到着。
しかし、水を積んだトレーラーが破壊された道のせいで到着が遅れ、透析のスタートは地震から5日目以降でした。
人工透析をやるには、医師、看護師、透析機器、大量の水の4つが必要です。
5日間生き延びれば透析が順次可能になる、ということになります。

三陸沖の時、あれだけ準備が早めに進行できたのは、阪神淡路の経験があったからだと思います。

僕も地元の透析仲間とよく地震の話をします。
「もう、死ぬのであれば、一撃で死んでおかんと、下手に生き延びたら大変な事になるなあ。」

結局、そんな風に話が決着してしまいます。

前回、今回と、正月から重いテーマですが、やはり透析は平和な環境の元でないと、受けられない治療なんです。
戦争や地震、災害など、何が僕らの闘う意思を奪い去ってしまうか分かりません。

敵は自分自身であり、病気であり、災害であり、戦争であり、経済です。
そして、多くの透析患者がそれらに敗れ、ズタズタになっています。

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