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ブログって面白いものです。
ブログも50記事を超えてくると、書きたい事がスムーズに書けた時もあれば、思うように書けない時もあります。
後者に比べ、前者はアクセス数が格段に増えます。
いやあ、皆さん、目が肥えてる・・・。

「ブログ飯」の染谷さんが言ってた事が身に沁みます。
本気で必死に書かないと読者は減っていくぞ。
今日くらいはテキトーでいいや・・・みたいなブログは魅力無いからな。
逆に本物は必ず生き残る。

まさにその通りです。痛感してます。
だから、僕も気合い入ってますよ。(一応、プロブロガーを名乗ってますから笑)

さて、「透析って精神面が大変だ!」の章ははっきり言って不人気です。
まあ、当然でしょう。
わざわざ、透析ブログを読むような方は、前向きな方が多いみたいです。
精神面で多少の苦労があったとしても、そんなの苦労の内に入らない!っていう方ばかりなんでしょうね。

なので今回は一段高い精神面を書こうと思います。

前にも書きましたが、皆さんは「死ぬ」事が怖いですか?
全く怖くないって人は、ある意味とんでもない人かと思いますけどね。
まあ、ほとんどの人は「死ぬ」のは怖いと思います。

「死」を「逆襲!」の理念で言うと、
「死後の世界が初めて見れるぅ~。楽しみぃ~!」ですよね。

これならむしろ、「死」の恐怖どころか、早く死にたい・・・みたいになってしまいますが。
あくまで、「死」の恐怖を軽減するためのおまじないくらいに考えて下さい。

実は、同じ透析をしていても、
死ぬのが怖くて頑張っている人と、
やりたい事がまだまだあるから頑張っている人では、
根本的にレベルが違います。

何度も言いますが、透析は延命治療です。
本来なら、あなたはすでに死んでいます。

つまり「透析」という手段で、おまけの人生を生きているだけです。

このおまけの人生を無駄に過ごしてしまったら、
あなたは後悔しませんか?

また、やりたい事が、自分の欲望の為にっていう人と、
世の中の役に立ちたいっていう人では、
さらにレベルが一段違います。

そして、その目的を達成するために、まだまだ死にたくない!といって、透析も頑張ろう!というのは、素晴らしい事です。

あくまで僕の印象ですが・・・
善人は早死にし、悪人は長生きしてる傾向にあるような気がします。
また、善人でも、この世にまだまだ必要な人もなかなか死ねない傾向にあるような気がします。
また、長生きしてる悪人は、晩年にこっぴどい病気になり苦労してる気がします。(しかも、なかなか死ねずに)

宗教的に考えると、これは当然の事で、宗教上は「あの世」だとか「この世」だとかの線引きがありません。
人は死ねばまた次の人生を生きる・・・というのが宗教です。
今世で学ぶ事が何も無くなった人は、来世を生きるべく死に、
今世で学ぶ事がまだある人は、肉体がボロボロになってもなかなか死ねない。
という考え方なんです。

そして、悪人でありながら早死にしてしまうと、次の人生では最初からハンディキャップを背負う運命となります。
善人でありながら世に必要なために長生きしてしまうと、次の人生でアドバンテージを受けます。

そして、その善悪の判断基準は「自分の良心にしたがって生きてるかどうか?」です。

空を仰いでも、「神」はいません。
「神」は各々の、心の中にいます。
だから、何か悪い事をしたら、反省したり、落ち込んだりするのです。
心の中に「神」がいるからです。

悪い事をしても、なんとも思わない人は、心の中の「神」が死んでしまってます。

「神」に何かお願いをしても無駄です。
「神」が人に望んでいるのは、人の「心の成長」の1点です。
人が順調に「心の成長」をするために、「試練」を与える事はありますが、望みを聞いてくれる事はありません。

(筆者がこれまでに多くの宗教を学んできた主観です。あくまで特定の宗教に準じた教えではありません。)

とは言え、透析になってみて、愚痴をこぼし、食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲み、ボロボロになっていく人の気持ちが分からない訳ではありません。
人の心の強さは、100メートル走のタイムと同じ様に個人差があります。100メートルを9秒台で走れる人もいれば、どんなに訓練を積んでも13秒を切れない人もいます。
13秒の人に9秒台で走れと言っても土台無理なように、心の強さも強くなれない人もいます。
理解はできます。

でも、あなたはそれで良いのですか?

言っておきます。
あなたが透析にならない人生だったとしても、「試練」は次々に襲ってきますよ。
人が生きるという事は、大変な事ばっかりです。
もしも、「大変じゃ無い!」っていう人がいるとしたら、それは何もしてないからです。
人が何かを成そうと思ったら、面倒な事が次々に襲ってきます。

皆さんも健康だった時は、「試練」を一つ一つ乗り越えてきたはずです。
「透析」だって、その「試練」の一つに過ぎませんよ。

我々は、今、試されている最中なのです。
そして、「透析」をしている以上、すでにあなたは戦場のど真ん中にいるのです。

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